Nowhere Man's Side

何者でもない人達へ

六メートル進むのに、一五分もかけた少年

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二歳の息子のノアとわたしが幼稚園に向かう通りを歩いていたところ、ノアがとつぜん、コンクリートに埋まったきらきら光る小石を見つけた。ノア は、片足を出した姿勢のままで止まり、小石をしばらく見つめると、とっても気に入って笑い声を上げた。数センチ先にある小さな植物のこともこっそりうか がっていた。アスファルトの割れ目からたくましく伸びている雑草だ。ノアは草にそっと触れ、また笑った。その先に、アリの小隊が一列縦隊で行進するのを目 に留めた。ノアは身をかがめ、アリの群れをじっと観察した。アリは虫の死骸を運んでいて、ノアは驚嘆して手をたたいた。ちりの粒子や、さびついたねじ、ぴ かぴか光る油のしみがあった。一五分たったが、六メートルしか進んでいなかった。

”Brain Rulesより抜粋”

 

あ なたは最近、六メートル進むのに、一五分もかけたことがあるでしょうか?大人になってしまった今、そんなことよりも大事なことがあると自分に言い聞かせ、 仕事に一秒でも早く向かっているのではないでしょうか?「はじめは誰もが子供だった」と、星の王子さまが言うように、子供の頃は誰もが、こんな経験をして きたはずです。しかし、今では誰もがこんなことをしている暇はないと言います。それってすごくもったないなくないでしょうか?

 

 >いかに子供でいられるか

 

「天 才はしばしば子供である」といいます。ピカソも「いかに子供でいられるかが問題だ」といっています。その正体を六メートルの話から考えてみようと思いま す。まず、ノアという少年は、光る小石を発見しました。なぜ光る小石に反応したのでしょうか?それは、単純に他のものよりも輝いて見えていたからです。要 するに、直感で行動しているということです。

 

 

子 供の習性として、「考えがコロコロ変わる」というものがあります。どうして落ち着きがないのか。それは子供にとって、すべての存在が未知数であり、発見で あるからです。人は生まれながらにして、探検家です。そばに綺麗なものがあれば、自ずと向かうように細胞が身体を動かすのです。

 

 

わ たしたちには飽くなき欲求がうずまいています。その欲求は好奇心とも言い、衝動とも言います。混じりけのないその好奇心は、人を動かす最大のエネルギーに なりえます。例えば、初めて味わったハンバーグは最高に美味しいでしょうし、初めて好きな人とキスをした時の、興奮は想像を越えていると思います。そうい う風に、好奇心は最もエネルギー源の高いものなのです。

 

 

つまり、子供は常に、快感を求めていたということになります。自己中心的ともいえます。しばしば天才がエゴイストだと言われる所以は、彼らが子供だったからと言えるわけです。さらにおもしろいことに、赤ん坊は常にあることをしているのをご存知でしょうか?

 

>赤ん坊は科学者

 

赤 ん坊は常に誰かのマネをしています。ミラーリングと言うのですが、本能的に赤ちゃんは、相手の行動をマネして、気を引こうとしているのです。なぜマネをす るのかと言うと、好奇心とも取れるのですが、一番の理由は赤ちゃんたちは、毎日のように実験と仮説を立てて行動をしているのです。そうすることで、未知の ものが発見されるという喜びを感じているというわけです。

 

 

例 えば、赤ちゃんに舌を出して、笑いかけます。そうすると、例のごとく、マネをして舌を突き出してきます。そうしている内に、赤ちゃんは自ら、舌を出すよう になります。そうすることで、気を引いてくれるかを実験しているのです。それでも、反応しない時は、舌を何度も出したり引っ込めたりして、気を引こうとし ます。そうして、仮説を立てて、実証できると、何ものにも代えがたい興奮を覚えるのです。

 

 

赤 ん坊は実はわたしたちよりも、はるかにものを考えて行動しています。毎日のように、未知の世界から、実験と仮説を立てて、行動しているのですから。大人に なったわたしたちには想像もできません。あなたは毎日新しい発見をしていますか?何か仮設を立てて、実験しているでしょうか?

 

>子供でいるために

 

大 人になっても、子供のようにいるためには、科学者になり、探検家である必要があります。毎日新しい発見のために、実験と仮説を立てつづけるのです。バー ナード・ショーという劇作家は、こんな言葉を残しています。「一年に二、三回以上ものを考える人はほとんどいない。私が世界的な名声を確立したのは、一週 間に二、三回以上ものを考えたからだ」

 

 

わたしたちはいつの まにか、考えていることを忘れてしまっています。ほんの些細なことでもいいのです。「子供な大人」でいるために、〇〇をしたらどうなるだろう?その時に、 △△を加えたらどんなことになるのだろう?と考える癖をつけてみてください。気づいた時には、あなたも天才になっているはずです。