Pythagoreans

Genius. Pythagoreans. poets.

好き、になるのはつらいんだねェ

 

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動物であればどんな生き物でも、男性と女性が愛しあい、子どもを生む。その行動は周りから見れば、感動ものだし、素晴らしいことなのだと思うけ ど、そんな単純なものじゃない。好き、になることはつらい。毎日のように相手のことを考えていなければならないからだ。時間がもったいない。今までの僕は そう思っていたけど、そうではないことをある人物から知ることになった。

 

「人 と人とがぶつかり合い、全生命をもって、新たなものを生み出す。これは素晴らしいことなんだ!」誰かがそんなことを言っていた気がする。僕は昔っから、女 性に恋をしていた。色んな女性を好きになり、一目惚れして、その度に相手のことばかりを考えていた。僕ほど恋の多い人生を歩んできた人はいないんじゃない かと思うほどだ。しかし、結果はいつも実らなかった。というよりも、実らせなかったのだ。ぼくは女性と付き合うことは、人生の終わりを意味しているんじゃ ないかと、本気で思っていたからだ。

 

人 と人とが愛しあい、子どもを生む。そうしてその子どもを育てるために、お金を稼いで、自分の人生を犠牲にする。この事実は今も昔もそう変わらない。大抵の 人は、若い頃から子どもを産んで、苦労して子どもを育てて、愛情のない接し方をしてしまう。その子どもは、自分を不幸の人間だと思い込み、やがて他人をい じめてしまう。僕はそれが怖かった。そんな未来のことを考えると、ぼくの心は一瞬にして凍りつき、周りの熱い視線を凍らせた。

 

ぼ くは毎日を驚きとエネルギーに満ちた生活をしていた。時折、いたずらっぽく笑ったりしていると、一部の女性は、母性本能を刺激されたらしく、目をうっとり させていた。ぼくは彼女らが嫌いだった。どんなに遠くへ行こうとも、すぐ後ろについてきて、隠れているふりをしている。そのくせ、声をかけると、キャー キャー言って、話が先に進まない。やはり、時間の無駄だったとぼくは、そこでも冷めていた。

 

あ るとき、ぼくはたった一人の女性を愛することを心に決めた。その女性は天真爛漫で、純真無垢でいて、裏表なく言葉を発していた。そんな朗らかな女性をぼく は付き合うことに決めたのだ。ぼくは彼女にぞっこんだった。初めてデートした日のことを鮮明に憶えている。ぼくは天才について語り、彼女は言葉について語 りあった。その時間はあっという間に過ぎてしまい、アインシュタイン相対性理論を思い出した。ぼくは彼女を愛していた。

 

し かし問題は起きてしまった。ぼくはどうやら彼女を愛していなかったのだ。(ぼくの一番の判断基準は瞳の美しさだ)そのことにぼく自身はなんとなく気づいて いた。なぜなら、彼女と目を合わせたとき、ぼくは彼女を見ていなかった。見ていたのは、その瞳に映る「自分」だったのだ。当然そのことを見ぬいた彼女は、 「悲しい人ね」と言って、ぼくの元から去っていた。ぼくは悲しかった。辛かった。この世界から身を投げ出そうかと思ったけれど、できなかった。だってぼく は自分が好きだったのだから。

 

た だ、今考えてみると、ぼくは実に純粋な恋をしていたのかもしれない。岡本太郎は「運命の人とは」という疑問にこう答えている。「自分は自分自身を求めてい る。彼女は彼女自身を求めている。お互いが相手の中に自分自身を発見する。それが運命的な出会いというものだ」そうなのだ。運命の人とは、自分の分身であ り、欠点の象徴なのだ。ぼくは彼女を愛せなかった。それは彼女自身を愛せなかったというよりも、彼女に自分を投影したときに見えた、自分自身の欠点を愛せ なかったのだ。

 

女 性を愛することは、何も恥じることではないと思う。意味のないことでもないと思う。人が彼女をあいするのは、自分を愛したいからだ。自分自身をみることの できるのは、強さだ。ぼくはこの言葉を胸に、女性を愛することに、これからも積極的でいようと思う。自分を見ることは、一番つらいこと。だから恋は、つら いのかもしれない……。