Pythagoreans

Genius. Pythagoreans. poets.

レオナルド・ダ・ヴィンチやスティーブ・ジョブズが毎日のように「死に方」を探っていたわけ

レオナルドダヴィンチやスティーブ・ジョブズの名前を知らない人はそうそういないと思いますが、そんな彼らが一日も欠かすことなく「死に方」を探っていたことを、知っている人はあまりいません。天才の悲劇は彼らの功績は誰の目にもとまるのですが、彼らの生活はあまり世間に出ていないことです。つまりぼくらと同じ人間だと思われないのです。(天才ほど人間らしい人間はいないのに)

 

それでは天才たちは「死に方」についてなんと言っていたのか、ご紹介しようと思います。

 

レオナルドダヴィンチ

「私はいかに生きるかという間、いかに死ぬかについて学んだ」

「よく過ごせた日には、安らかな眠りが訪れる。だから、よく過ごせた人生には、安らかな死が訪れる」

「十分に終わりのことを考えよ。まず最初に終わりを考慮せよ」

 

 

スティーブ・ジョブズ

「残りの人生も砂糖水を売ることに費やしたいか、それとも世界を変えるチャンスが欲しいか?」

「墓場で1番の金持ちになることは私には重要ではない。夜眠るとき、我々は素晴らしいことをしたと言えること、それが重要だ」

「毎日、今日が人生最後の日かもしれない、と考えるとすれば、いつか、必ずその考えが正しい日が来る」

 

 

「死に方」について学ぶことは、生きていく上で最も大切な考えです。なぜなら「死」とは紛れも無く誰にでもやってくるものだからです。レオナルドは人間を解剖した時に「人は必ず死ぬようにできている」と言ったようです。万能人と言われたレオナルドでさへ、死を克服することは不可能だと思い至ったのです。

 

それでは確実に死をむかえるとわかったのであれば、ぼくたちは何をすべきなのだろう?ただなんとなく現実を生きて死をむかえるのか。それとも死を意識した上でなにか行動を起こすべきなのか。それはもちろん、死を意識した上でいかに死ぬべきかを考えなければなりません。そうでなければ、ただの無駄死です。

 

スティーブ・ジョブズは死の間際にある言葉を残しました。彼は毎日死に方について学んでいました。そんな彼が発したのは「oh,yes.oh,yes」という言葉でした。これはつまり欧米での喘ぎ声です。彼は死の間際で何一つ後悔することなく、最高の状態で死をむかえることができたのです。たいていの場合はそうはいきません。もっとしたいことをすれば良かったと、今頃になって嘆くのです。キツイようですが、それが凡人です。

 

ここでわかったことがあります。天才たちの考える「死に方」とは、

  • 人生を意味あるものとするために、一人の勇者のように死ぬべきだ
  • どうせ死ぬことがわかっているのなら、今ここでしたいことをしなければいけない
  • 最大の幸福は死をむかえるときに、わかるものだ
  • 毎日が死と隣り合わせの人生だから、毎日夜、安らかに眠るように生きよう


彼らは誰よりも早い段階から、死を体験していました。(それは自然であり、恋人であり、裏切りです)そして残りの人生は短く、本来人間には生きる目的がないことを知っていました。だからこそ、彼らはあそこまで物事に集中して、偉大な才能を開花させることができたのです。