Pythagoreans

Genius. Pythagoreans. poets.

ピーチ姫の存在がマリオを天才にしたんだけど、知ってた?

 

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  スーパーマリオのストーリーはクッパがピーチ姫を攫い、マリオが攫われたピーチ姫を救い出すという「王道のストーリー」となっています。そして、ピーチ姫を救い出したマリオの名は世界中に知れ渡り、名声を手に入れます。実は天才たちの人生は、驚くほどにマリオのストーリーとの共通点が伺えます。その一つ一つを見ていくことにしよう。

 

 
①平和な日々が天才を

 

生み出す
 

    

    マリオは平和な日々を暮らしていました。何不自由なく、のんびりとマリオカートなどをしながら暮らしています。そんな日々に一通の手紙が届きます。それはピーチ姫からのパーティーへの招待状でした。愛するピーチ姫からの誘いを断るわけにはいきません。意気揚々とマリオはピーチ姫のいるピーチ城へと向かいます。

 
 

    天才が生み出される環境はこんな平凡な日々から始まります。ぼくたちは普段から何気なく日常を送っています。そんな日々に、愛する人からのメッセージが届きました。その時、何の面白みもない日常に変化が訪れます。今は、物語の起承転結でいう、「起」の場面です。

 

 

この場面では大きな変化を印象づけるための、日常が描かれます。あなたも「いま現在」を認識してみてください。天才への物語はここから始まりますし、この面白みもない日常を認識しない限り、天才になることは、ありえないからです。

 
 
②平和な日々が突然、悪夢に変わる
 
 

    招待状の通り、マリオはピーチ城へと到着しました。しかし、パーティーにしては「妙に静かだ」ということに不安を覚えます。とりあえず、お城の中を探索してみるのですが、ピーチ城には誰もいません。

 

 

そんなときに、どこかからクッパの笑い声が聞こえました。クッパはピーチ姫を攫っていったというのです。マリオは愛するピーチ姫を救い出すべく、クッパ城へと向かいます。

 

 

    ぼくたちは普段の何気ない日常を再認識した時に、ある種の不安を覚えます。何気ない日常を認識した時というのは、現実世界ではどんな時なのでしょうか?それは、幸福だと考えていた未来が、よくよく考えてみると、なんでもない未来だと気づいた時です。

 

 

ぼくたちの思い描く未来は、ただお金を手に入れて、好きな人と結婚して、子供を産んで、未来をつくる。それは一見幸せに見えますが、本当にそうなのでしょうか?人類の99%がそんな人生を歩んで、この世界から名も知られないまま死んでいきます。そんなことを認識した時に、ぼくたち人類は、一転して明るいはずの未来が「悪夢」へと切り替わります。

 

 

    その引き金となるのが、鬱や恋といったものです。社会への不満や恋人との失恋が、大きな悲しみを産んで、発散しようのないエネルギーへと昇華されていくのです。そのエネルギーをもし正しい方向へと、発散することができたのなら、あなたは天才への道へと進むことでしょう。

 

 

しかし、多くの人は、この膨大なエネルギーを他人や物、お菓子や性欲へと発散させてしまうのです。ここは起承転結でいう、「承」の場面です。この物語にいるんだという、認識が何よりも重要な問題へと進んでいきます。

 
 
③悪夢を振り払うと、そこには現実という絶望が存在した
 
 

    クッパ城へと向かったマリオでしたがそこまでの道のりは、とても厳しいものでした。1ワールド毎に待ち構える、コクッパたち。クッパが仕掛ける数々の罠。しかし、なんとかそれを乗り越え、とうとうクッパ城へと到着します。マリオはこの時にピーチ城へと到着した時のことを思い出します。今度は必ずピーチ姫と再会するという決意を胸に秘め、クッパ城の門を開きます。

 
 

    数々のワールドを越えてきたマリオは、いままでの経験を活かして、クッパ城を攻略していきます。やがてマリオはピーチ姫を攫っていった、クッパと対決します。クッパは強敵ですが、マリオはには自信がありました。

 

 

自分は強いという、確信めいたものがあったのです。それはここまで諦めずに、到達したという経験があったからでしょう。その自信で見事に、クッパを倒すことができました。

 
 

    マリオは勝ったと思いました。がその時、上空からカメックが現れて、倒れたクッパに魔法をかけます。そうすると、一瞬でクッパはさらなる力を得て、マリオを圧倒します。マリオはあまりの現実との差に、絶望して諦めかけます。しかしその時!遠くからピーチ姫の声が聞こえました。

 
 

    マリオは思い出しました。自分はクッパを倒すために戦っているのではなく、ピーチ姫を救い出すために戦っているのだということを、思い出すことができたのです。なんとかマリオは立ち上がり、死闘の末に、クッパを倒すことができました。そしてクッパを倒したマリオは、最後にピーチ姫と再会して、p-千姫のキスによって物語は終結します。

 
 

    この世界の異変に気づき、行動を起こしていると、必ず壁にぶつかります。その壁はあまりに高く、あなたは諦めてしまうかもしれません。しかし、天才たちはこの壁を何とかして乗り越えます。

 

 

そうして数々の障害を越えていく内に、とうとう直感的に無理だという壁にぶつかります。それは答えのない問題。定義のできない言葉。意識の問題や宇宙の創世の問題のようなものです。その形は幾重にも変化して、あなたの行く手を阻みます。

 
 

    ここであなたなら諦めてしまうでしょうか。もし天才たちならどうするか、考えてみてください。その不可能だと思われていた壁を、天才たちは発想の転換によって、越えていきます。そうして、世界中の名声を手に入れてきたのです。ここで重要なのは発想の転換であり、現実の再認識であるということです。

 

 

    マリオの最終的な幸福は、愛するピーチ姫を救い出すことです。マリオはその幸福を手にいれて、「この世界に感動する」という最大の気持ちを感じることができました。ピーチ姫を救い出したということを認識して、キスをするという快感を感じることができました。

 

 

それなら、ぼくたちにとっての最大の幸福とは、なんでしょうか?それはこの世界に感動するということに、他なりません。では感動するにはどうしたらいいのでしょうか。それは「認識すること」「快感を得るということ」です。

 
 

    ぼくたちは知らないものを認識した時に、「快感」を感じます。もっともわかりやすいのは、不安になりながらも、好きな人と初めてキスをして、夜をともに過ごす。これほど、幸福で快感を得るということはないでしょう。それはやはり間違いではなくて、真実です。

 
 

    では天才たちはどうしてきたのか。それは同じように、知らないものを認識しようとその生命を削ってきたのです。好きな人と愛しあうということは、厳密に考えると、死を連想させます。愛しあうということは、子孫を残すということで、それは死んでもいいというサインになります。

 
 

    死とはなんでしょうか?死も絶対に解決することできない問題です。その死を認識した時には、人間はまさに死んでいて、何の束縛もなくなった身体はきっと表すことのできない快感を感じるはずです。

 

 

死を体験したという人の話を聞いたことがないでしょうか。それはまさに天国だったという話も聞きます。かのスティーブ・ジョブズも死の間際に発した言葉は、「oh,yes」(欧米での喘ぎ声)だったとも言われています。つまり、天才たちの求めた感動は、死を認識するということであり、この世界での存在理由を体感するということだったわけです。

 
 

    正直に言って、全ての人が天才になるということをぼくは望みません。なぜなら、その道のりはあまりにも険しく果ての見てない物語だからです。そんな道を選ぶのなら、ある程度は保証された好きな人と結婚するという幸福を手に入れることも悪くはないと思います。

 

 

しかし、それでも人が感じることのできる「最高の快感」を求めるのなら、ぼくは引き止めはしません。なぜなら、生きる理由を知り、最高の快感を知るための唯一の方法は、「天才になる」という道しか残されていないからです。