Nowhere Man's Side

何者でもない人達へ

結晶魔術的性質

 

 

言葉!ただの言葉!その言葉の怖ろしさ!明晰さ、なまなましさ、残酷さ!誰も言葉から逃げおおせるものはいない。しかもなお、言葉にはいいしれぬ魔力が潜んでいるのだ。言葉は無形の事物に形態を付し、ヴィオラリュートの音にも劣らぬ甘美なしらべを奏でることができる。ただの言葉!いったい、言葉ほどなまなましいものがほかにあるだろうか。(オスカー・ワイルド『ドリアン・グレイの肖像』)

 

 

すなわち、踊り子は、踊る女ではない。それは次のような並置された理由による、すなわち、彼女は一人の女性ではなく、我々の抱く形の基本的様相の一つ、剣とか盃、花、等々を要約する隠喩なのだということ、そして、彼女は踊るのではなく、縮約と飛翔の奇跡により、身体で書く文字を用いて、対話体の散文や描写的散文なら、表現するには文に書いて幾段落も必要とするであろうものを、暗示するのだ、ということである。(ステファン・マルラメ『ディヴァガシオン』)

 

 

ねえ、きみ、きみはいったいそれを知っているのだろうか、きみはそれを理解しているのだろうか。それともきみは、薄々は感じているのだろうか?きみの学んできたことなど、まるで子供だましの、葦の茎のように、脆くはかないおもちゃであることを。心で憶えたことなら、それはきみの翼となって、きみは今すぐにでも空よりも高く飛び去るのだろう。けれど体に染み付いてしまったことなら、それはきみにとって、背負わされた重荷でしかないだろう。かみさまだってこんなふうに言っている、「書物を運ぶろばよ、あわれなものよ」と。けれどかみさまのこぼす、あわれみなどには背を向けて、重荷を運び続けるのも、それはそれでわるくはない。無心に、ただひたすらに歩いて行けば、きみはいつか、辿り着かずにはいられないだろう。そのとき重荷は取り去られるだろう、そこで初めて、きみは歓びの何たるかを知るのだろう。それを知ることなしに、どうして自由になれるだろう?きみというきみの全てが、それのしるしそのものだというのに。きみが見ているそれ、感じているそれを、人はまやかしと呼ぶだろう。けれどまた同時に、まやかしほどに真実へと至る道を知らせるものはない。いったい、リアリティを含まないファンタジィがあるだろうか?それとも、きみは「薔薇」という文字から花を摘めるのか?きみはその名前を知ってはいるだろう、だがそれだけで、きみはほんとうに「薔薇」を「知っている」、と断言できるのか?名前の背後に何が隠されているのか探すといい。月はいつでも空にある、水面に映るのはただの影に過ぎない。きみはきみの心ひとつを信じて行け、全ての偏見、全ての誤解、全ての常識からきみ自身を無垢にして。きみの心の中には、全ての知識がすでに用意されている。それを信じて歩め、書物を捨てて、理解を捨てて、学んだ全てを捨てて。(メヴラーナ・ジャラールッディーン・ルーミー『精神的マナスヴィー』)

 

 

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   結晶の放つきらめき

 

 

生涯にまで及ぶ青春を駆け抜けて、驚異の世界を作りだした人たちがいた。彼らの作り上げた緻密で魅惑的な世界を称えて、僕たちは驚異と魅惑に包まれた人たちを「天才」と呼ぶことにした。彼らは結晶のように緻密で繊細で、多面的な性格を有していた。点と点が線で結ばれ、未だかつて見たことのない、美しい幾何学模様が浮かび上がっていた。心や身体とも違う、それはまるで心臓の鼓動に共鳴する、あの青く気高い魂に似た「無垢な結晶」を、新たに構築しているように見えた。

 

 

「天才」の定義を辞書に載せるなら、僕は「全く新しい言語を作りあげた人たち」と表現するだろう。全く新しい言語を作り上げること、それは日本語やフランス語のような意思疎通をするためのコミュニケーション言語やコンピューターを動かすためのプログラミング言語ではなく、もっと本質に根付いた言語形態を指している。それは記号としての言語、つまりエリクチュール(宙に線を引くこと)としての言語を指している。だから、芸術家であっても、スポーツマンであっても、舞台役者であったとしても、言葉を扱う職業にとらわれず、全く新しいエリクチュールをテクストに描いていれば、彼らを「天才」と呼ぶことができる。

 

 

天才と呼ばれる人にはじめて対面した時の衝撃は、どんな言葉であっても表現することはできない。僕たちはまるで言葉を奪い去られたような感覚に陥り、その驚異の最中、じっと目を見張り、認知不可能な存在にただ圧倒されるばかりである。なぜなら彼らは全く新しい言語を作り出したのだから、言葉に惑わされ、言葉によって規定されてきた凡人たちに、天才を理解することは到底不可能な話なのだ。